男女の成立はいつの時代もかわらない。誰かと誰かが結ばれる方法はひとつなのだ。お互いの唇でキスのスタートボタンを押す。恋愛が走り出すのはそこからだ。カオルが首に両手をまわしてきた。口をかすかにとがらせる。おれはゆっくりと唇をよせていった。じれったいのだが、それは実際にキスをするよりも甘い時間だ。カオルの唇はやわらかかった。舌も一段とちいさく、おれの口のなかでよく動いた。決して捕らえることのできない小魚のようだ。カオルの手がおれの首筋から背中をゆっくりとなでている。

「ムネちゃんの背中、いつもすごくすべすべしてるね。なんだか、気持ちいい。指がよろこんでるみたい」

だが快楽は女の側だけではなかった。カオルの指先にはなにかおかしなクスリでも塗ってあるようだ。背中の広い範囲で、肌のおもてにさざなみのような快感が生まれている。

「おれもそうだよ、カオルにさわられると、気持ちがいい」

「ほんとうに?」

 

カオルが身体を起こした。カオルはあおむけになり、身体の位置を交代した。やわらかく指先を広げ、カオルが肩から手首までなでまわしてくる。

「なんだか、おかしいな。カオル、ほんとに指になにかつけてない? やばいクスリとか」

ちいさな手を開いてカオルは笑った。

「なにもつけてないよ。でも、わたしの指も気持ちいいの。ずっとムネちゃん身体にふれていたくなる」

カオルとのセックスは久しぶりだった。お互いの時間のズレが生じ、こうやって肌をあわせなくなってずいぶん経つ。セックスレスに近い関係が続き、次第に性欲が起きなくなるのは男のわがままなのだろうか。でもある日こうやってなにかのきっかけで久しぶりの体を求めると、不思議な気持ちよさが倍増して襲ってくることもある。この快感は自分だけのものなのだろうか。逆を試すとどうなるのか。

「じゃあ、今度はカオルが寝て。おれがやってみる」

一度覚悟を決めると、女のほうが度胸があるようだった。来ていた服をぬいで、カオルはあおむけに寝て身動きしない。背中に手をまわして、ブラのホックを外す。あらわになっても胸を隠そうともしなかった。おれはちいさいけれど形のいい乳房を無視して、肩から手首へとかすかにふれていった。

 

「それっ、ダメ!」

必死の声でカオルが叫んだ。上半身のすべてに鳥肌が立っている。乳首のまわりの産毛が垂直にとがっていた。確かに自分の指先にも、カオルの身体から快感がフィードバックされているようだ。指が快感に酔っている。とまらなくなって、ゆっくりとカオルのわき腹をなでた。ふれるか、ふれないかの微妙な圧力である。

「それも、ダメ」

泣きそうな声でカオルがいった。おれはおもしろくなってしまった。自分は別にテクニシャンなどではない。ごく普通の男がする平均的なセックスしかしたことがないはずだ。だが、カオルは、なみはずれた反応を示してくれる。

「ちょっとうつぶせになって」

白い背中だった。肩甲骨のあいだの浅い谷間にキスをした。腰を震わせて、カオルがいった。

「なんか今日のわたし変なの。ムネちゃんにさわられると、身体がおかしくなる」

羽のように開いた肩甲骨の輪郭をとがらせた舌の先でたどってみる。背骨からのびる肋骨の曲がりを一本ずつ確かめる。背骨と尻のつなぎめの複雑さを、指と舌で測量する。このころになると、カオルは絶えず声をあげていた。

 

制覇の視界2-10「もうなにがなんだかわからない」

カオルがのろのろと顔をあげて、腰骨の裏側をなめているおれにいう。

「ねえ、ムネちゃん、肌があうって、こういうことなの。こんなことばかりされたら、わたしはおかしくなる。もうほかの男の人とできなくなっちゃうよ」

おれは答えなかった。特別なことはしていない。まだ乳房にも、性器にもふれていないのだ。おれはカオルの様子を確認したくなって、いきなり太もものあいだに手をさしいれた。

「嫌、恥ずかしいから嫌だったら」

カオルは強く脚を閉じてしまった。おれにさわることができたのはふともものなかばまでだった。だが、そのあたりまでカオルはべたりと一面を濡らしていた。
「すごいことになってるね」

おれの声にはかすかに笑いがのってしまった。カオルはがばりと起きあがると、ベッドサイズのティッシュをとった。あわてて下半身をふいてしまう。怒ったような声でいった。

 

「こんなの絶対に変だよ。わたし、いつもこんなに濡れないもの。なんだかわたしの体がおかしくなってる。ムネちゃんは大好きだけど、体全体がムネちゃんを求めるようになっていってる。こんなふうに感じるなんて恥ずかしくてしょうがない」

カオルは涙目になっていた。飛ぶつくようにおれに抱きつくと、それだけで声を漏らした。

「こうして胸と胸をあわせてるだけでこんなふうになる。怖いよ、ムネちゃんと離れられなくなる」

自分の胸で潰れているカオルの乳房の感触は、すばらしく甘かった。腕がまわった背中、ふれあう太もも。カオルの身体にあたる肌のすべてから、快楽の信号が脳に送られてくる。それはパニックになりそうな情報過多の状態だった。カオルはシーツに目をやっていった。

 

「あそこに染みができてる」

おれが見ようとしたら、カオルがいった。

「見たらダメ。もう、前戯とかいいから、しよう」

抱きついたまま、カオルは身体を倒していく。おれはゆっくりと沈んでいく船のようにベッドに倒れこんだ。まだ乳房にもクリトリスにもふれていなかった。だが、カオルは脚を開いて待っている。暗がりのなかで、女の海のにおいがした。先ほどぬぐった太ももの内側が、また濡れ光っている。
指先がただふれるだけで、これほど気持ちいいのだ。これで性器をつないでしまったら、どんなことになるのだろう。おれは恐怖を感じていた。おれもこの女のいうように、カオルしか抱けない身体になるのだろうか。

ペニスの先端をあてた。ひどく濡れているけれど、きつい性器だった。先端を収めるまでじりじりと侵入していく。カオルは口をいっぱいに開いて叫んでいた。

「あー、おかしい、もう・・・・・・」

おれのペニスはとまらなかった。ずるずると終わりのない十数センチの旅を続ける。カオルがおれの肩を弱々しくたたいた。

「もう・・・・・・やめて・・・・・・おかしくなる・・・・・・」

 

ペニスがカオルの奥にとどいたようだ。ぴたりと吸いついた女性器の内張りが、うねるように形を変えた。文字どおりカオルのなかがおれのペニスの形にあわせて仕立て直されたようである。おれは快楽のあまり声をもらしていた。

「今のすごくきもちよかった。なんなんだろう、これ」

カオルも気づいたようだった。

「うん・・・・・・なかでなにかが・・・・・・変わったみたい」

おれはさらに腰を強く押しつけた。ペニスの丸い先端が子宮の入口を圧迫し、クリトリスは恥骨のあいだで変形している。

「ダメ・・・・・・さっきから・・・・・・ずっと、いきそうなの・・・・・・」

 

おれは腰を動かせなかった。一度動きだせば、もうとめることはできないだろうし、すぐに射精してしまいそうだったのである。白目を青白く光らせて、カオルが見あげてくる。開いた口のなかにぬれた舌と粒のそろった前歯が見えた。

「・・・・・・もう、いっても・・・・・・いいですか」

眉の端をさげて、カオルがお願いしていた。知り合って五年近くなる。もう幾度となくカオルとは体をもとめあったはずなのに、こんな快感は初めてだった。きっかけはよくわからないがお互いの体が磁石のようにぴったりとくっついて離れようとしない。それだけでなく、不意打ちのように想像したこともない快感に襲われてしまうのだ。映画のなかのストーリーを自由に変えることができても、リアルの生活のなかでは偶然や運命に人は振りまわされる。作者は神ではなかった。自分も声を漏らさぬように唇をまっすぐに結んでいった。

「カオル、いってごらん。いくときの顔をよく見せて」

「・・・・・・はい」

カオルはおれをしたから抱きしめて、全身を震わせ始めた。言葉にならない声を何度も漏らしながら痙攣している。ひどく愛しい気持ちと恐怖心が同時におれのなかに湧きあがってきた。自分はカオルという名のこの肉体から離れることができるのだろうか。これほどの快感の先には、きっといいことなど待っていないだろう。カオルの目尻から涙がシーツにこぼれていく。

「・・・・・・なんだか、怖い・・・・・・こんなこと、おかしい・・・・・・しらないほうがよかった」

 

少女のような顔でカオルが泣いていた。だが、硬直したままのペニスはまだカオルのなかにある。最初の往復もまだしていないのだ。この先に待つのが天国なのか地獄なのか、わからなかった。考えるほど憂鬱になってくる。だが、女のなかにあるペニスは動かさなければならない。人間はそんなふうにつくられた生きものだ。

おれは祈るような気もちで、ゆっくりとカオルのなかで動き始めた。

 

運命の人という言葉がこの世にはある。それはどんな人があてはまるのか、おれは過去の人達を照らし合わせてみても、そんな人は見当たらなかった。おれの結論からすると運命の人というのは、後付の価値観でしかない。出会って最初にこの人だと直感したとしてもそれは時間が経つにつれてその気持ちは薄れていく。運命の人という定義が不確かなものという事実だけがはっきりと残る。世の中の愛を誓って形式的な結婚してるやつらがみんな運命の人たちとの出会いなのかというとそうではないとおれは思う。なにかの本で読んだことがあるのだが、結婚の目的は同じ価値観であったり、安心感、収入面での生活を求めて結婚願望が成り立つ。この人と一緒にいたいという一時的な気持ちでそれを成立させては、その気持ちがなくなった時はどうなるだろうか。

その一時的な感情がカオルと過ごした夜に沸いた。この五年の付き合いで幾度となくカオルとはセックスをした。だが、昨夜のカオルとの一夜はまさに特別なものだった。裕福な家柄だったカオルと貧困だったおれとの価値観はまるで違う。初めての夜とも違う体の求め方は、なにか特別な人という観念が生まれた。その観念が一時的なものかはこれから時間をかけて、探っていくしかないのだが、その答えがどうであれ、これからもおれはカオルと一緒にいたいと思った夜だった。

運命の人という言葉があるように、また職業にも天職という言葉がある。それも恋愛と似たところがあり、おれが始めたFXが天職なのか、それもこれから時間をたっぷりとかけて探っていくしかないのだ。

人間の良いところは、いくつになってもゼロからスタートを切れるところにあるのだから。