日銀が「異次元の金融緩和の継続」を宣言しても「円高」が進んだのはなぜか?
日銀の黒田東彦総裁は「異次元の量的金融緩和策・低金利政策」の継続を明言していますが、1月に入ってからドル/円でもユーロ/円でも円高傾向が続いています。量的金融緩和で日本円のマネタリーベースが十分に大きく、現在のように米国経済が雇用統計・株式市場の上で好調であれば「円安ドル高」になるというのが常識的な予測ですが、実際の為替相場は円高トレンドになっています。
昨年末には、「1ドル=112~113円台」だったドル円相場が下落して、「1ドル=109.5円前後」の値動きになっていますが、110円のサポートライン(支持線)を越えて落ち込んだため、1ドル=109~108円以下の円高ドル安も一応警戒しなければなりません。1月に入ってからの「円高ドル安トレンド」の始まりは、日銀の買いオペレーション報道がFX市場(為替市場)に間違ったサインを送ってしまったのが原因の一つでした。
1月9日、日銀は国債買い入れオペレーションの通告を行いました。日銀の買いオペ対象は「残存10年超25年以下(買入予定額1900億円)」、「残存25年超(同800億円)」、「物価連動債(同250億円)」というもので昨年並の買いオペに見えるのですが、25年以下と25年超の国債の買い入れ額がそれぞれ「100億円減額(昨年比)」されていることに外国人投資家が目ざとく注目したようです。市場へのマネーサプライ(通貨供給量)が減れば希少価値の上昇で通貨価値は上がりやすいのですが、日銀が国債買い入れ額を減らしたことが「ステルス・テーパリング(隠して進める金融緩和縮小)」として市場に受け取られた可能性があります。
量的金融緩和策の出口戦略である「テーパリング」は通貨価値を高める
テーパリング(tapering)とは、量的金融緩和策による「国債など金融資産の買い入れ額」を段階的に減らしていく金融政策です。テーパリングは景気回復局面になった時に、中央銀行が策定する「量的緩和策の出口戦略」として実施される政策であり、市場に流通する通貨供給量を減らす「金融引き締めの効果」があります。通貨供給量が減るので、一般的にその通貨の価値は上昇します。日銀がテーパリングに踏み切るとなれば「円高(円買い)」のトレンドが発生しやすくなりますが、「国債を財源とする景気対策(財政政策・公共事業など)」も弱まるので、十分に景気・需要が回復していないと経済・金融が混乱する恐れもあります。
テーパリングの影響として予測されるのは、「通貨価値の上昇・(国債購入規模縮小による)金利の上昇」ですが、日銀はテーパリングを宣言していないものの国債購入規模を縮小したので「ステルス・テーパリング」と見られて円が買われた可能性があるのです。しかし日本経済は好調とはいえ、日銀のインフレ目標2.0%は達成できていないので、隠密にテーパリング(金融引き締めによるインフレ抑制)を始めたと見るのは時期尚早で間違った見方でしょう。
EU経済が回復してきたとしてECB(欧州中央銀行)のドラギ総裁は、今年1月から購入資産規模を段階的に縮小させるテーパリングを実施するとしており、「ユーロ高・国債利回りの上昇」の一因となっています。ECBの国債購入が縮小すれば、高利回り(財政難でハイリスク)のイタリア・ギリシアなど欧州周縁国債の売りの増大も懸念されます。
米国経済は好調で政策金利も上昇したが「ドル高」にはならず
アメリカ経済はNYダウとS&Pが過去最高値を更新、雇用統計でも非農業部門雇用者数(NFP)・失業率が共に良い数字を出しています。FRB(連邦準備制度理事会)のFOMC(連邦公開市場委員会)は12月に念願だった利上げに踏み切り、FF金利(フェデラル・ファンド金利)は1.25%から1.50%にまで引き上げられました。FRBは、2018年中にさらに3回の追加の利上げをする予定があるとしています。米国経済の好調に牽引された利上げによって、普通であれば米ドルはもっと買われて価格を上げてもおかしくないのですが、実際には「対円」でも「対ユーロ」でも逆にドル安傾向のチャートを示しています。
FX(外国為替証拠金取引)のファンダメンタルズ分析では、このドル安傾向のマクロな原因として、まず「EUB・日銀のテーパリング予測(ステルス・テーパリング含めた米国以外の中央銀行の金融引き締め・通貨価値上昇の可能性)」を上げることができるでしょう。もう一つは、保護主義的な貿易戦争の構えを見せ始めた米国自体が「強いドル政策」にこだわらなくなってきたという要因もあります。1月24日にスイスのダボスで、米国のムニューシン財務長官が「貿易に関して言えばドル安は米国にとって好ましい」という歴代財務長官からは考えられない発言をして、ドル相場が大きく下落しました。
「アメリカ・ファースト」を掲げる米国トランプ政権は、外国との貿易収支の赤字拡大に強い懸念と不快を示しており、日本を含む貿易相手国に「もっと米国製品を大量に買え・自国の製品ばかり輸出するな(国産品を圧迫する輸出品に対して関税措置を取る可能性がある)」という直接間接の圧力をかけてきました。
アメリカが保護的な貿易戦争に動く懸念によるドル安
「米ドルの価値の高さ」は、アメリカの国家の信用力と米国の経済・軍事の強さの象徴であり、世界の基軸通貨・準備通貨としての地位を担保するものですから、常識的に考えれば米財務長官が「安いドルを歓迎するような発言」をするはずがないのです。ムニューシン財務長官はトランプ大統領の「米国の貿易黒字拡大のための保護主義的な貿易政策」に迎合する意図もあって、米国の輸出企業(貿易黒字)に追い風となる「ドル安容認発言」をしたと推測されます。
すぐにトランプ大統領は「強いドルを望む」と訂正を入れましたが、ドル安は一時的に貿易黒字を増やしても、トータルで見れば米国の国力・存在感を弱めるのですから米国大統領として当然の判断でしょう。「ドル安」が進みすぎれば、大量の輸入品を必要とする米国経済は「輸入コスト増」で逆に疲弊する恐れがあり、対米投資の海外資金の流入も減って金利が急速に上昇する景気悪化のリスクもでてきます。
トランプ政権は1月22日、中国・韓国などアジア諸国からの格安の太陽光パネルと洗濯機の輸入急増を抑制するため、「緊急輸入制限(通商法201条に基づくセーフガード)」を発動すると宣言しました。トランプ政権が貿易政策で輸入品を締め出す「保護主義」に傾いたとの見方が強まり、この保護主義・関税措置を巡る「貿易戦争」の兆候も「ドル安の圧力」になっています。中国・韓国は米国からの輸入品に対抗措置を取るとして強気の姿勢を見せています。
米国は「ドル高+貿易競争力強化」を達成できるか
アメリカのトランプ大統領が保護主義的な貿易政策を掲げて、「日本・中国・メキシコ・韓国との貿易不均衡(貿易赤字)」を力づくでも改善しようとするのは、2000年代の米国経済特に製造業が「外国との貿易競争における敗北」によって縮小衰退を続けてきたからです。1980年代のジャパンバッシングもありましたが、日本の製造業自体がその後に縮小したこともあり、かつてほど米国に貿易で敵視されることはなくなりました。
トランプ大統領が「貿易不均衡(貿易黒字の多さ)」を非難している中国やメキシコは、かつて叩かれた日本の位置づけにあるとも言えます。しかし「双方の利害をすり合わせる交渉」を十分に行わず、「セーフガードの制裁措置」を一方的に発動することは、世界の貿易市場におけるアメリカの信用低下につながります。貿易相手国との対抗措置(関税引き上げ)の応酬で、世界の貿易市場が縮小したり軍事的緊張が強まったりする損失が広がるだけでしょう。過去の保護主義のブロック経済が戦争の結果を引き起こしたように、「自国最優先の排外的な強硬措置・ブロック経済」は自国経済・米ドルにも世界経済にも良い結果をもたらさない可能性が高いのです。
米中貿易交渉においても、メキシコ・カナダとのNAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉においても、米国一国の都合だけで「世界の貿易ルール」を決定できる時代はすでに終わっています。その現実を理解した上で、「多国間の公正な貿易ルール」を再設定できるかが「FXのドル相場」でも注目されます。「強いドル(ドル高)」を実現するためには、合意した現実的な貿易ルールに従い、自由貿易で競争する姿勢が重要になります。トランプ大統領が検討中とされる「TPP復帰の是非」も米国の自由貿易参加の試金石となりそうです。トランプ政権が中国・日本・メキシコ・韓国等との貿易戦争において「自由貿易を否定する保護主義・制裁措置」を強めれば、世界の失望と関係国の対抗措置(米国製品の締め出し)によって、米ドルがさらに下落するリスクが出てきます。