月曜日の都町は閑散としていた。これでも大分市の繁華街というのに人波がまるでない。百年に一度の不景気と言われてもうずいぶん経つ。それでも国内総生産の数字は徐々に回復し、景気は拡張してると政府は発表している。だが、その実感がおれたちにはまるでない。低所得者の生活はまるで変わらないけれど、高所得者だけが潤ってきているだけかもしれない。いつの時代も金持ちにしか金は集まらない仕組みがこの日本にはある。

客足はないが、前を歩く電信柱のような双子は目立つ存在だった。キャッチのボーイとホステスが珍しそうに視線を飛ばしている。そのうちの何人かは後ろを歩くおれとタクマにブラザーのような顔をして寄ってくる。

「タクマサン、ムネさん、お疲れ様です。どうしたんですか、二人揃って」

タクマは声のボリュームをあげてこたえる。

「トラブルだよ。前の二人が無銭飲食。おまえらも被害に遭わないようにあいつらの顔覚えとけよ。まあこれからムネさんにお灸すえてもらうんだけどな」

タクマの声にキッと猛犬の白Tシャツが睨みをきかせる。この双子はどちらが兄でどちらが弟かも知らないが、きっと黒Tシャツのほうが兄なのだろう。手綱をしっかりと握られているせいで白Tシャツはなんとか自分の怒りを抑えている。

 

双子の兄弟が向かった先は昼の日ざしがないぶん、夏の暑さはおさえられているが生ぬるい風が吹いているジャングル公園だった。ナンパ待ちの女。その女をサメのようにうろうろと物色してる男たち。公園の中央でブレイクダンスを練習している数人のガキ。公衆便所のまえで暇そうにしている売人。公園を囲む四方の道路にはタクシーとイタ車とヤン車がとろとろと流している。黒Tシャツが中央でダンスを練習するガキに声をかけた。

「これから殺人ショーが始まるから、おまえらむこういってろ」

二メートル近くある二人の男の威圧感は軟派なガキに口答えさせない圧力がある。やつらは慌ててその場所を譲った。黒Tシャツが声を張り上げた。

「おーい、おまえら、いまからおもしろいもんみせてやるぞ。こっちに集まれ」

黒Tシャツの声に公園にいたやつらが反応する。これからなにかイベント事が始まるのかと周囲がざわついた。双子の目的はわからないが注目を集めギャラリーを増やそうとしてる。公園いるやつらの視線が中央の四人に向けられた。黒Tシャツはいう。

「いまからおれたちは、お前らが見てるまえでこいつら二人を血祭りにあげる。こいつらはそこのPerfumeというぼったくりクラブの連中で、おれたちは多額の請求にいちゃもんをつけたら、そこの店長が用心棒みたいなやつらを呼んで金を払えと脅してきた。そんな店はおれたち兄弟がこの町から駆除してやる」

「なにいってんだ、おまえら・・・・・・」

タクマがそういおうとして黒Tシャツが言葉をさえぎるように声を張り上げた。

「この繁華街にはそういう弱き者を食い物にして、利益を得ている店が多くあると聞いた。だからおれたちはそんな店を撲滅するために調査をしていたんだ。まずは手始めにこいつらに制裁を加える」

 

黒Tシャツの言葉はギャラリーの心に響いたようだった。見物人がおれたち四人を囲むように円をつくっている。
急に始まったイベント。イベント名はぼったくり店撲滅のための正義の制裁というところだろう。主催者が主導権をにぎって、タイトルをぶちあげればこれから始まるショーはその雰囲気になる。なにも知らないやつらはその雰囲気にのまれ、そこにお涙頂戴話でものっけてやれば賛同者は増える。無銭飲食をしたやつらが正義を語っている。おかしな話だが手の込んだやり口だった。だが、おれが気になるのは黒Tシャツの言葉だった。やつの言葉はこの公園に来てからすべて棒読みだった。

「さあ、どっちから来るんだ。なんなら二対一でもかまわないぞ」

そういったのは白Tシャツのほうだった。暴れたくてしょうがない猛犬の手綱がはなされたのだ。意気揚々と前にでてきた。ギャラリーも活気づいてきたようだった。そんなやつらこの町からおいだせーと声が聞こえる。

自分の店をぼったくり店だといわれてタクマも頭に血が上ったようだった。今にもとびかかりそうな勢いだ。

「ふざけんな、おれが・・・・・・」

「おいおい、おまえまで熱くなってどうすんだ。ギャラリーを味方につけたからといって、悪が正義に変わるわけでもない。ここはおれにまかせとけ。あいつらにペナルティをくれてやる」

おれは肩をゆっくりとまわしながらすたすたと前に歩きだした。目のまえには二メートルの大型冷蔵庫並みの体格をした男がいる。普通のやつなら自分より身長が高い相手だと臆するものだが、おれはこういう相手の扱いは慣れていた。白Tシャツが左手を上げ、余裕の表情を作っていう。

「ほら、かかってきなさい、坊や」

「おまえが、こいよ」

おれがそういうとやつは同じ速さで歩いてくる。おれとの距離が一メートルになると、黒Tシャツが先に動いた。なんの予備動作もない正拳突きがうえからふってくる。

おれは左腕で奴の正拳突きをボクシングのパーリングの調子ではねかえすと、右手を走らせる。拳を握るのは当てた瞬間だけ。それまではいっさいの力をいれず、脱力感の握りをつくる。余計な力は拳のスピードを落とす。押し出す力より引く力で拳を戻し、次の攻撃に備える。格闘技の基本だ。白Tシャツがその場にすとんと落ちた。あごの先を打ち、脳を揺らすピンポイントの一撃。

「つぎ」

おれはそのまま黒Tシャツに歩いていく。周りを取り囲むギャラリーも一瞬の出来事で言葉を失っているようだった。悪徳店を潰そうとする正義のヒーローが一秒足らずで地面に沈む。おれの圧力がその場をのみこんでいた。

「くそー、こんなのきいてねえぞ」

黒Tシャツが意味不明な言葉をぼそりといったのをおれは聞き逃さなかった。その後、一瞬おれの背後、斜めうしろを見た。おれはその視線を追った。短パンにTシャツ姿のツーブロックの金髪。オガワハジメの姿がそこにあった。

余裕を失った黒Tシャツは焦りの色が濃かった。だが、四方を囲むように出来ているギャラリーの円に後戻りはできないと踏んで、腰のケースからナイフを抜いた。長さは十センチすこしの小振りなものだが、両刃で中央には地抜きの溝が刻んである。殺すための道具だった。そのナイフを見て女性の悲鳴が上がる。

おれは足をとめて、ちいさくステップを踏んだ。ナイフを抜いた黒Tシャツを見て、タクマが叫んだ。

「てめえ、きたねえぞ。ムネさん、こうなれば話は別っす。おれも加勢するっす」

「いや、いいんだ。まかせろ」

おれは鋭く叫んだ。ジャングル公園は静寂に包まれていく。とんとんとおれが踏みステップの音だけ響き、誰もが息をするのも忘れているようだった。獲物を持った相手にどう戦うのか、周囲のギャラリーの注目はその一点に集中しているようだった。

黒Tシャツが威嚇するようにナイフを突きだす。右手を横に払い、返す切っ先でおれの首筋を狙った。その刹那左腕を走らせる。黒Tシャツの右手首を内側を鋭く打った。とり落としはしないが、ナイフの握りが甘くなる。

 

制覇の視界2-7

 

黒Tシャツのこめかみに汗が流れていた。おれはそこを見逃さなかった。身体を斜めに振りながら素早く後退して、同時におりていた右手を斜めしたからふりあげた。アッパー気味の一撃はノーガードのあごの先端をかすめた程度。それでも威力は抜群だった。

ナイフがコンクリートに落ちる音がきこえた。黒Tシャツの身体が立てる鈍い音はその直後だった。

「まあ、こんなもんかな。ギャラリーを味方につけたのまではよかったが、相手が悪かったな。図体がでかいだけじゃあ、喧嘩には勝てない」

二メートル近くある大型冷蔵庫並みの体格をした二人をあごへの一撃で瞬殺した。その光景に周囲から歓声が爆発した。タクマが駆け足で近づいてきて、おれを抱きしめる。

「ムネさん、最高っす。今のは、ここ何年かで、一番かっこよかったす」

「おいおい、気持ち悪いな。だからいったろ、こんなやつら・・・・・・」

いいかけて思いだした。オガワハジメの存在を。やつは後方からおれたちの喧嘩を見ていた。すぐにその方向に目をやるが、やつの姿はもう消えていた。この双子の難癖。棒読みの台詞。オガワハジメ。それらが無関係とはおれには思えなかった。

「タクマ、ちょっとこいつらに聞きたいことがある。こいつらをおまえの店に運んでもいいか?」

「もちろんっす。こいつらには店の支払いもあるっすからね」

「ああ、そうだな。おい、おまえら、こいつらはこぶの手伝ってくれないか」

おれはそういって、少しまえまでダンスの練習をしていたやつらに声をかけた。黒Tシャツにはあっちいけといわれ、その場所を譲ったやつらだ。今度はその黒Tシャツを倒した奴に命令されてノーといえるはずがなかった。

おれは声を張りあげた。

「さて、イベントは終わりだ。こいつら双子はここにいるタクマの店『Perfume』で無銭飲食をしたやつらだ。さんざん飲み食いした挙句金を払わないと店で暴れた。そしてなぜか知らないが、ジャングル公園にやってきてまぬけなピエロになった。言っておくが『Perfume』はぼったくり店じゃない。嘘だと思うなら、一度、店に来てメニュー表をみてみればいい。こいつらが言ったことが真実かどうかはすぐにわかるはずだ。もしメニュー表以上の金額を請求されたならおれに言ってくれ。おれはだいたいこのジャングル公園で夜の町を眺めている。ほら、タクマからもなんかいってやれ。このままじゃあ、おまえの店はぼったくり店になるぞ」

 

制覇の視界2-6

 

タクマは一歩まえにでて背筋を伸ばす。

「皆様の楽しいひと時をお邪魔したついでに、今日ここにおられる方に、生ビール一杯サービスをさせていただきます。もちろん、生ビールを一杯飲んでそのまま帰るのもよし、その後、ちょっと遊んでいくのもよし、でもサービスは生ビール一杯だけです。お気軽にお立ち寄りくださいませ」

タクマはそういって、一礼をした。その言葉にジャングル公園で二度目の歓声があがる。ラッキー、生ビールただだって。よ、ふとっぱら大将。いまからいくー。

「おいおい、タクマ、大丈夫かよ。さっきより人数増えて目算で五十人以上いるぞ。向うの通りにいる車にのってるやつらまで窓から顔をだして喜んでいるし」

タクマがにやりと笑っていう。

「大丈夫っす。どっちにしろ、サービスしたビール代もこいつら双子の代金に上乗せするつもりっすから」

「ちゃっかりしてるな」

おれは笑った。

 

タクマの出血大サービス発言は、思いのほか店の売上げを跳ねあげた。生ビールを待つ行列が、人を呼び、久しぶりに『Perfume』に活気が戻った。生ビール一杯サービスはジャングル公園にいたやつらだけの特典だったが、その噂をききつけた無関係なやつらまで列に並ぼうとしている。だが、タクマはその流れも計画のうちで、あの時ジャングル公園にいたやつらに名刺を配っていたのだ。その名刺と交換で生ビールが無料になる。店の前は行列でお祭り騒ぎとなり、店の女の子の数人を外に待機させ店に呼び込む。生ビールのおつまみにと即席で作った料理も並べた。

無料は生ビールだけだが、タクマの作った料理はすぐに完売となる。タクマは根っからの商売人だった。マイも久しぶりの店の活気に活きいきと動いていた。おれは接客向きの人間ではないので、ただ店の賑わいを遠めでながめているだけだった。そんな風にしていると、ジャングル公園でのおれと双子の喧嘩を見ていたやつらが、楽しそうに武勇伝みたいに語ってくる。仲のよくなった連中もいた。そんなやつらには、おれはジャングル公園にいるか、この店にいるから困ったことがあったらいってきてくれと声をかけておいた。一応これでも『Perfume』の従業員扱いにはなっている。おれの武勇伝がこの店の客寄せパンダになればいいのだ。

ジャングル公園の一件依頼タクマの店は大繁盛が続いている。平日週末関係なく満席が続き、キャストは常にフル出勤で対応しているらしい。おれもあの後タクマと飲みに行く予定だったが、フル回転で稼動する店で、タクマは大忙し。あの夜は閉店時間を延長して朝五時まで店を開けていた。おれは待ちきれずあのあと帰ってしまったが、店が落ち着いたらまた飲みにいこうといった。

 

タクマの店が連日連夜大盛況になったので、おれはその週はただチャートの波をみて過ごした。V字型の激しいうねりのあと、ドル円は101円近辺でさざなみを打っている。100円突破を達成した後、そのあとはかけのぼるかとおもわれたが、つぎの材料を待っている感が強く、方向感覚を完全に見失っている。特に目新しい材料はなく、来週にはビッグイベントの雇用統計が待っている。チャートの波は様子見が続いていた。感覚をみがくのは激しい波よりあまり値動きがないほうが好都合だった。

テーマは欲を殺すこと。儲からなくてもいい、おれはもっと売り買いになれる必要があった。そのころマーケット感覚には、値動きの変動感覚だけでなく、もう一種類別の感じ方があるのにおれは気づき始めていた。

(いけない、やっちまった)

それは実際に自分の金をマーケットにおいてみて、初めてわかる手ごたえだ。ただ値動きの波を見ているのとはまた違うもので、買いをいれたあと値が下がって損をしても安心な場合があるし、逆のパターンもある。だが、どちらにしても実際に手を動かさなくてはわからないものだった。

おれはせっせと商いの練習をした。月曜日にドル円三万通貨を買う、火曜日に感じがよければさらに三万通貨追加し、水曜日にもう三万通貨をのせる。そして、金曜日にはすべて売ってしまう。もちろん最初の三万通貨で、なにか落ち着かないなというときは、すぐに手仕舞いした。今度は逆に売りのポジションから試していく。損をするときも、得をすることもあったが、どちらにしても値動きがちいさいのでたいしたことはなかった。収支はとんとん。そんな調子で来週の金曜日に控える絶大な影響力を持つ重大指標まで、自分の手の動きと値動き感覚をあわせる微調整に励んだ。