ひろしまデジタルイノベーションセンターの設立

大手自動車メーカーを抱える広島県。「ものづくり立県」を目指して取り組んできた県下には関連の中小企業が多く、日々技術開発に力を入れてきました。そんななかひろしま産業振興機構と広島県が2017年10月に広島県東広島市に開設した「ひろしまデジタルイノベーションセンター」では、中小企業やベンチャー企業のようにまとまった開発資金を確保しづらいメーカーであってもスーパーコンピューターを活用できる画期的なシステムの提供をスタートしました。富士通のスーパーコンピューターをクラウド利用し、開発段階で必要なさまざまな実験がコンピューターでシミュレーションできるため、開発期間の短縮化や開発コストの削減が期待されています。

ここではひろしまデジタルイノベーションセンターの概要や今後の見通し、さらにいまなぜ広島市や広島県が行政を挙げて地場産業のものづくりをサポートしようと試みているのかをまとめてみます。

富士通のスパコンがクラウド利用へ

ひろしまデジタルイノベーションセンターの取り組みからひろしまデジタルイノベーションセンターで使われるスーパーコンピューターは九州にある富士通の拠点が有するものです。センターでは高度な演算や解析が可能な計算機能をもって開発コストの削減を行うのが主な目的で設立されました。

富士通のスーパーコンピューターは「FUJITSU Technical Computing Solution TCクラウド」とAミングされています。ここで注目すべき点は、遠隔地からでもデータセンターのスパコン本体にアクセスし、クラウドでの利用ができるということです。中小企業で開発を行う際、通常はプロトタイプを製作し、耐久性や運動性などの実験を現場で何度も繰り返したうえで設計の再検討が行われます。こうした時間も手間も費用も掛かるプロセスは開発期間を伸ばすことからもコストにプラスされてしまう問題です。開発においてはCAE(解析)の効率化を進め、実験期間や回数をできる限り減らしていくことが何よりもものをいいます。とくに製造業のものづくりに携わる設計分野や解析分野の技術者、研究者は、開発上のさまざまな課題を乗り越えるために高度な計算に応えるスーパーコンピューターを身近で使えることが今後非常に重要となってきます。

そこで富士通では製造業の開発における効率化に貢献するため、HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)をインターネットで接続、クラウド利用で中小企業でも気軽にスーパーコンピューターを開発に利用できるシステムを構築しました。富士通データセンター内のスーパーコンピューターがその提供元となっています。

富士通のTCクラウドサービスの中心となるのは「解析プラットフォーム・サービス スタンダードクラス/ハイパフォーマンスクラス」です。製造開発に必要な解析シミュレーション。多様な計算をさせるために求められるプラットフォームでクラウド利用できるようにしています。また、富士通の強みである「解析アプリケーション」も「解析プラットフォーム・サービス」と合わせて利用が可能です。

富士通スパコン周辺で押さえておきたいキーワード

ここで、富士通のスーパーコンピューターにおける周辺用語を整理しておきましょう。【HPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)】とは、一般的にスーパーコンピューター、略してスパコンで行われる「高性能計算」と呼ばれるもので、広く工学、理学分野での高性能技術計算に用いられます。バーチャルでプロトタイプを構築し、試験を繰り返すことができるうえ、コストを低く抑えられるので普及してきています。

HPCを支えるスパコンですが、日本での開発製造は富士通のほかNECや日立が知られており、世界的にはHEP(アメリカ)、レノボ(中国)、クレイ(アメリカ)の3社が出荷台数でトップ3を占めています。

【CAE】とは、ものづくりにおいて非常に重要な開発技術であり、コンピューター上でプロトタイプのシミュレーション実験を実施し分析する技術の総称です。コンピューターによるシミュレーション開発は、プロトタイプの製作や実験の繰り返しに費やされていた開発コストを飛躍的に軽減させました。さまざまな角度からシミュレーション実験が行えるのはもちろん、プロトタイプそのもので使われる資源の節約にもつながります。

CAEは製造業分野のあらゆるところに浸透しています。半導体から医薬品、自動車、飛行機の部品まで、CAEだから実現できるシミュレーションは数多くあります。材料の内部に関する環境、プロトタイプでは不可能に近い数百万回、数千万回以上の使用実験、膨大な作業をともなう計算、自動車やエンジンの実験で危険をともなうものなど、多様なシミュレーションに応用されています。

ひろしまイノベーションセンターで何が変わるのか

こうしたHPCを駆使するシミュレーション実験を手軽に中小企業の開発技術者が使えるようにしたひろしまデジタルイノベーションセンターによって、今後のものづくりはどう変わっていくのでしょうか。

広島県を中心とした行政側の狙いは、地場産業の大手であるマツダとその関連企業に自動車開発を促進させること、そしてものづくりの地盤を支える人材を育成することにあります。

マツダで本格始動している開発手法こそMBD(モデルベース開発)です。これはシミュレーションを応用した自動車開発を加速させるもので、最近では「スカイアクティブ」と呼ばれるマツダの自動車技術開発に採用されました。MBDは多種のエンジンやギア開発を短期間かつ低コストで進めることに成功しています。ただ、こうしたMBDを今後のマツダ自動車開発の主軸に据える方針ですが、マツダだけでは本当に成功できるとはいえません。というのも将来的には自動車開発のすべてをシミュレーションで行いたい意図があるためです。

そこで大切なのはマツダを支えてきた中小企業の製造部品メーカーの開発力です。そこでひろしまデジタルイノベーションセンターでクラウド利用できるスーパーコンピューターが力を発揮します。センターではスパコンをただクラウドで提供するだけでなく、自在に使いこなせるエンジニアの育成に力を入れています。また産官学の連携を果たし、地元企業だけでなく中国エリアも視野に入れた大学からのアクセスも実現、県外にある富士通のスパコンとネットワークで接続し、幅広いレベルで利用を促進し、広島全体の製造分野の開発力アップを目指しています。

今後、あらゆる製造分野での開発がすべてスーパーコンピューターによるシミュレーションで完結する日が近づきつつあるといえるでしょう。

関連銘柄情報「マツダ」[7261]

広島県を代表する地場大手の自動車メーカー。低燃費で足回りの良い車体づくりに定評があります。最近は輸出に力をいれており、アメリカやヨーロッパ向けの輸出台数が伸びています。また、トヨタと相互に株式を持ち合うかたちでの資本提携を進めており、開発力の強化をしています。

2018年1月30日現在の株価は1,550円前後で推移。2,017年10月に1,800円間近まで伸ばしたもののそこから反転、12月には1,500円を割り込むかたちでねばり、ここ一月ほどは1,500円台で横ばいです。