わたらせ渓谷鐵道に見る地方鉄道の行方

廃線寸前のわたらせ渓谷鐵道が復活

群馬県のみどり市を走るわたらせ渓谷鐵道は敗戦寸前とまで噂された瀕死の地方鉄道から見事の復活を見せています。会社を挙げてのユニークな取り組みがメディアで取り上げられて全国的な注目を浴びるようになりました。鉄道ファンからの人気もうなぎ上りで「わ鐵」と呼ばれて観光客も増加中のわたらせ渓谷鐵道。なにがきっかけでわたらせ渓谷鐵道は再生への道へと歩んだのか。その全貌をご紹介します。

わたらせ渓谷鐵道の路線エリアはかつて田中正造の足尾事件で一躍世間の注目を集めた足尾銅山周辺に広がっています。もともと、足尾銅山からの銅を産出したり、物資や人牛馬の搬出入を行うために1914年に敷かれたのがわたらせ渓谷鐵道の前進です。やがて国鉄足尾線となった後、足尾銅山は1973年に閉山してしまいます。その後のJR誕生でもJR東日本の地方路線として存続を果たし、地域の貴重な足として親しまれて来ました。

そんなわたらせ渓谷鐵道でしたが、やがて乗降客数の減少から1989年に一旦廃止となります。ただ、地域住民の熱い思いによる存続運動が実り、第三セクターによって再出発して現在に至ります。

わたらせ渓谷鐵道として開業後しばらくは年間の乗客数も100万人を超していましたが、やがて沿線人口そのものが減少していくなか、自動車を日常の足として使う住民が増えるにつれてとうとう廃線の話が出るまでになりました。モータリゼーションの変化を自治体としてどう対策を図るかは全国的な問題ですが、公共交通機関として補助金に頼りながら路線を運営していくのが限界に達していた2009年、現在の樺澤社長が就任します。樺澤社長は長年群馬県庁職員として働いていた公務員とは思えないような大胆な社内改革と情報発信によって次々とわたらせ渓谷鐵道の課題をクリアし、観光鉄道として復活するきっかけを作り出した人物です。

名物社長・樺澤社長の独創的な取り組み

生き残りを掛けた公共鉄道の使命と地域活性化の未来樺澤社長がわたらせ渓谷鐵道に就任した頃、廃線が近い路線だから何をしてもしかたない、といった厭戦ムードが漂っていました。実際、会社や鉄道をよりよくしようという雰囲気の消えてしまった社内。樺澤社長は、挨拶やコミュニケーションに一から取り組むなかで、社長自らが率先して手本を示す姿勢こそ大切だと気づきます。

樺澤社長は挨拶から研修することをスタート。社長みずから仕事を買って出て丁寧にこなしながら、社員の信頼を掴んでいきます。わたらせ渓谷鐵道の宣伝のためならと自らが広報の最前線に立ち、メディアや講演会をはじめ百貨店の駅弁催事まで現場で熱い思いをぶつけてきました。

一方、わたらせ渓谷鐵道周辺の観光や産業との連携も会社再生の鍵を握ると考えた樺澤社長は、観光を目玉にした路線運営を実現していきます。渡良瀬渓谷の美しい自然を車窓から楽しむトロッコ列車を導入し、観光客のハートを掴みます。また、集客のためメディアで目立つよう、子供たちや鉄道ファンに魅力の廃線歩きツアーや保線体験ツアーなどを立ち上げたことで、わたらせ渓谷鐵道の人気は急上昇し、沿線住民はもとより観光による乗客数を伸ばしてきました。

また、わたらせ渓谷鐵道のグッズやオリジナル駅弁の開発にも力を入れます。まず、「わっしー」というマスコットキャラクターのグッズ販売によって人気と売上の確保を図ります。そして、ユニークな駅弁も発売しました。やまと豚弁当はしょうゆベースのタレで甘辛く焼いた豚肉がどんと入った世代を超えて楽しめる駅弁です。沿線のブランド豚・やまと豚が目玉となり、年間で13,000食も出るようになりました。包装紙は沿線ガイドのマップを印刷したり、おまけで鉄道をモチーフにしたてぬぐいがついてくるのも人気に火を付けました。

このように今あるものをすべて使って新しいアイデアでアレンジする。そして、情報発信に力を入れる。こうした樺澤社長の取り組みは一定の成果をもたらし、さらなるステップへと駆け上がりつつあります。

これからの集客のための取り組みは?

「ないものねだりより、あるもの探し」。これこそ樺澤社長が独創的なアイデアで観光客増加を実現した思考法です。わたらせ渓谷鐵道では当たり前なものでも、ちょっとした見せ方の工夫によって観光の目玉として耳目を集めるものとなるのを熟知しているアプローチが次に目を付けたものこそイルミネーションでした。

トロッコわたらせ渓谷号の路線のなかに全長5,242メートルもの長大なトンネルがあります。この草木トンネルはトンネルを出るまで10分も掛かるものの車窓を楽しむことはできず観光客がトンネル手前の駅でこぞって降車してしまう原因となっていました。わたらせ渓谷鐵道はトンネルの先に広がる足尾地域を観光地として人々に味わってもらわなければ真の復活はありえないと考えていた樺澤社長は、トンネル通過の間に観光客を楽しませる手段としてイルミネーションを思い付きます。

そこで樺澤社長は、トロッコ列車の天井にLEDによるイルミネーションを取り付け、トンネル通過中に光らせるようにしました。これがメディアでも話題となって、イルミネーションのトロッコ列車を目当てにやってくる観光客やツアー客の呼び水となりました。

イルミネーションを列車に飾るというシンプルな手法ながら、情報発信の威力は凄まじいと知っている樺澤社長ならではの手腕が存分に感じられます。メディアを取り込みながら自分たちの持てる手札で勝負し続けるわたらせ渓谷鐵道に今後も目が離せません。

相次ぐ地方鉄道における脱線事故への国交省異例の発表

わたらせ渓谷鐵道の事例のみ接すると地方鉄道にも明るい兆しがあるように感じられます。しかし残念ながら、小規模の鉄道会社だからこその問題点も指摘されるようになりました。それが2017年に続けて起こった地方路線での脱線事故に関する国土交通省の異例の発表です。

2017年冬に発生した紀州鉄道と熊本電鉄での脱線事故に関する報告書で、国土交通省は地方鉄道が資金難や経営難などによる整備技術力の低下によって安全な運行を維持することが難しくなっていると言及しました。両社の事故とも2本のレールの間隔が広がっていたことに整備作業員が気づかなかったことが指摘されています。

地方鉄道はあの手この手で観光客の呼び寄せなければ生き残れないのが現状ですが、運営の基盤である安全整備をどこまで追求できるのかという根本的な問題が目の前に迫っています。

地方鉄道関連銘柄情報「東武鉄道」[9001]

栃木県の日光市を中心に観光やビジネスで利用される関東を代表する私鉄のひとつです。東京スカイツリー周辺の再開発にも熱心で、日光との路線を利用した観光需要の掘り起こしにも力を入れています。2017年8月にはSL(蒸気機関車)「大樹」の運行もスタートしました。12月にはクリスマスに合わせてリースがモチーフのヘッドマークを走らせるなど、積極的な観光アピールを続けています。

連結事業では運輸が約4割、レジャー関連が約1割、不動産約1割、流通約3割とバランスを図っているのも特徴です。

2018年1月30日現在の株価は3,740円。2017年から引き続き株価の推移は堅調で、3,500円から4,000円の幅を維持しています。