損失口座は申告しないと損をする
手数料が安い、信用取引を行いたいなど理由は様々でしょうが、投資で複数の口座を開設していて確定申告する場合、各口座の資料を集めることになります。口座ごとに見ていくと、利益が出ているもの、損失が出ているもので区別する必要があります。上場株・FX・仮想通貨など取引の種類に関わらず、損失が出ている口座に関しては確定申告義務が無いのですが、逆に言うと申告しないと税制もしくは社会保険料等で損をします。なお、上場株の売買益は上場株式等に係る譲渡所得、FX取引の所得は先物取引等に係る雑所得等、仮想通貨は総合課税の雑所得であり、それぞれで所得区分が異なります。それぞれの区分どうしでしか損失と利益は相殺できないため、FXの損失を株の売買益と相殺したり、ビットコインの損失をFXの利益と相殺したりするようなことはできません。また損失の3年間繰り越し(2017年の損失であれば2020年分までの利益と相殺可)は株とFXは可能ですが、仮想通貨は今のところ繰り越しが認められていません。上場株・公募公社債・FXの所得(利子・配当を含む)に対しては所得税15.315%、住民税5%かかります。一方ビットコインの所得に対しては住民税10%がかかりますが、所得税の税率は給与など他の所得と合算した課税総所得金額の大きさにより変わってきます。
上場株の取引であれば、利益が出ていても申告しなくて良いものがあります。所得税・住民税が取引ごとに徴収される、源泉徴収ありの特定口座です。税金が徴収されているので申告の必要なしという理屈ですが、もちろんこの口座で損失が出たり、他の口座に損失が出ていて源泉徴収ありの特定口座の利益と相殺することで還付が出たりするようなケースは、申告したほうがいいです。
FX・先物取引・仮想通貨口座は全て申告し、間接経費も入れる
一方で上場株の源泉徴収ありの特定口座を除くと、株・FX・仮想通貨とも所得の出ている口座は全て申告することになります。株式取引の場合譲渡所得であり、必要経費にできるものは取引に直接かかわる手数料等に限定されます。しかしFX・先物取引・仮想通貨のように原則雑所得になるものは、間接的なものも必要経費に算入可能です。間接経費とは、FX・先物取引・仮想通貨の取引に関して学べるような書籍やセミナーの費用、これらの取引に関してかかるパソコン関係の費用(本体の購入代の他、修理費や光熱費・通信費)などがあります。これらの費用を取引以外にも使用している場合は、使用割合を20%や30%などと見積もって費用×使用割合だけ必要経費に入れてください。
源泉徴収あり特定口座は申告対象の選別を
源泉徴収あり特定口座の話に戻りますが、複数社契約している場合は、同じ年度の損失や過去3年間の繰越損失を考慮して申告することになります。たとえば、源泉徴収ありの特定口座を3社分所有していて、2017年分の所得状況が下記のようになっているとします。
譲渡所得
A社口座:△40万円
B社口座:40万円(所得税61,260円・住民税20,000円)
C社口座:80万円(所得税122,520円・住民税40,000円)
繰越損失:△50万円
配当所得
H社配当:20万円(所得税30,630円・住民税10,000円)
I社配当:10万円(所得税15,315円・住民税5,000円)
()内は源泉徴収されている税額
徴収されている所得税の合計額229,725円・住民税の合計額75,000円
申告するのであれば全部記載しなければならないと思いがちですが、申告不要制度があるものを必要以上に申告しても税制上得することはないですし、むしろいたずらに所得を押し上げると社会保障において不利になりますので、申告口座の選別は重要です。配当に関しては銘柄ごとに申告対象の選別も可能です。また税制のみ考える場合、社会保障制度を見据える場合などで申告の仕方や手間が変わってきます。単純に手間を省くことだけを考えた場合は全て申告不要とすればよく、社会保障制度においても最も有利なパターンですが、以下は選別して申告するパターンを考えます。
一旦源泉徴収された所得税や住民税を最も多く取り返すのであれば、損失を相殺しきる発想で申告するのが重要です。この場合は極端な話、全ての口座・配当を申告しても構わないのですが、所得の押し上げを最小限にする場合は、下記を申告します。
A社口座△40万円・C社口座80万円・繰越損失△50万円・I社配当10万円
(全てを合計して所得0円)
繰越損失の50万円とあわせて、全て合計すれば譲渡所得・配当所得とも0円になりますから、損失90万円分に対する所得税137,835円・住民税45,000円が還付になるか、他の所得から発生する税額から引き下げとなります。ただし配当所得に関しては総合課税・申告分離課税と2通りの申告方法があり、所得状況によってどちらが有利かは変わってきます。申告分離課税では配当であっても当年度の損失や繰越損失と相殺できますが、総合課税では相殺しません。配当を総合課税で申告したほうが有利な場合は、譲渡所得は
A社口座△40万円・B社口座40万円・C社口座80万円・繰越損失△50万円
(全てを合計して所得30万円)
と全て申告しないと、損失が引ききれません。総合課税を選択した場合、課税総所得金額に応じて税率が変わり、さらに所得税率が原則として配当所得×10%だけ引き下げとなります。
税率が5%~23%の範囲にある場合は、配当にかかる所得税率が15%より低くなり、所得税の還付額が137,835円を超える(税率5%であれば229,725円を超えることも)場合があります。基本的に配当はH社・I社とも申告したほうが良いですが、課税所得900万円ギリギリの場合はH社・I社どちらかに絞って申告したほうが良いケースもあります。なお所得税においては配当所得を総合課税で申告し所得税の還付額を増やせる場合があっても、住民税では皆無です。住民税においてはH社・I社配当に関して申告不要制度をとってください。
国民健康保険料の上昇防止等、所得圧縮を考えた場合
多くの社会保障制度では所得制限が考慮されますし、また国民健康保険料・後期高齢者医療保険料の算定基準にもなります。また医療費控除も所得圧縮すると額を大きくできる場合があり、児童手当のような社会保障制度の所得制限で有利になることもあります。所得圧縮も行いたい場合は、下記のように申告してください。
A社口座△40万円・C社口座80万円・繰越損失△50万円・I社配当10万円
(全てを合計して所得0円)
配当所得を総合課税で申告したい場合も、このパターンで申告してください。住民税においては申告方法を変えて申告分離課税とすれば、譲渡所得・配当所得の増加は0円となり、社会保障において不利になるような所得の増加を抑えることができます。
扶養・住宅ローン控除・介護保険制度など、繰越損失相殺前の所得圧縮を考えた場合
一方で影響する範囲は狭いですが、繰越損失相殺前の所得(合計所得金額)で判定する場合もあります。税制においては住宅ローン控除の所得制限(合計所得金額3,000万円以内)や扶養対象者の範囲(合計所得金額38万円以内)、社会保障においては介護保険制度(保険適用の介護サービス費を含む)などが該当します。合計所得金額を増やさないような形で申告する場合、合計所得金額においては繰越控除50万円を差し引けないことを考慮し、まずは下記のような形で申告してください。
A社口座△40万円・B社口座40万円
(合計所得金額の増加は0円)
当年度の所得40万円と損失40万円がちょうど相殺でき、合計所得金額の増加を0円にできるからです。この場合還付額は所得税61,260円・住民税20,000円に留まります。ただし住宅ローン控除や扶養範囲などを考慮せず、介護保険制度の所得基準のみ考慮する場合は、所得税においては配当所得30万円を申告し、所得税45,945円の全部または一部を追加で還付することも考えられます。
所得額に注意して資料集め・申告対象の選別を
配当や源泉徴収された譲渡所得に関してどれを申告するかは、特定口座年間取引報告書や配当金計算書を資料集めし、金額を見て判断することになります。配当金計算書であれば配当金額(税引配当金額=手取り額、ではない)を見ればわかりますが、特定口座年間取引報告書に関しては、③・⑨・⑮の黒枠を参照してください(下図参照、特定口座年間取引報告書の様式より抜粋)。⑨の配当所得は総合課税の選択が可能ですが、③の譲渡所得と⑮の利子所得は総合課税を選択できません。