すでに米国法人税大幅減税による減益予想が出始めている
米国法人税減税で自然に予想されるのは、企業の税引後利益が増えるという展開です。しかし2017年12月22日に米国法人税の35%→21%減税が決まってからは、減税の影響はむしろ減益予想という形で出ています。例えば3月決算企業である日本板硝子(証券コード:5202)は、2018年3月期の当期純利益予想が前期比43%増の80億円を見込んでいたところ、逆に82%減の10億円になる見通しになると発表しました。リストラ費用などの特別損失は30億円減り増益となるのですが、減税により100億円もの減益になるのが大きな要因です。なお売上高予想は前期比3%増の6,000億円、営業利益予想は21%増の360億円で、従来予想を据え置いています。また12月決算企業であり本決算が近いDIC(4631)も、2017年12月期の当期純利益を前期比18%増410億円と見込んでいたところ60億円減少し、1%増の350億円になる見通しに修正しました。素人目に不思議な展開は、企業会計と法人税のしくみに原因があります。
貸借対照表の繰延税金資産が前払税金を意味する
法人税率(実際は法人住民税・法人事業税を含んでいます)が35%の場合、税引前当期純利益が100億円であれば、単純に考えて税引後の当期純利益が「法人税等」35億円を差し引いて65億円となります。決算書表記上はこういう形にはするのですが、実際には35億円の法人税を払っているわけではありません。この「法人税等」35億円は実際の法人税支払額(決算書上は「法人税・住民税及び事業税」)から「法人税等調整額」をプラスもしくはマイナスした数字だからです。キャッシュ・フロー計算書の営業キャッシュ・フローを見ると、税引前当期純利益にプラスマイナスする項目の中に、引当金繰入額があります。例えば、売掛金のような売上債権が回収不能となり損失と化すリスクに備えて、売掛金額の一定の割合だけ(売掛金1億円のうち10%の1,000万円などと)貸倒引当金を計上します。この場合貸倒引当金繰入額1,000万円を費用計上しますが、費用と言っても実際に資金が出るわけじゃないので営業キャッシュ・フローの調整項目となっており、利益から除外してキャッシュ・フローを算出します。
営業キャッシュ・フロー算出で引当金繰入額を税引前当期純利益にプラスする
日本や米国の法人税法においても資金の支出に該当しないという理屈で、引当金繰入額は全部では無いですが、原則として法人税課税所得を引き下げるものとして認めていません。その後実際に損失や支払が現実のものとなった時点(例えば貸し倒れの場合は、取引先の倒産で売掛金が回収できない事態になった時点)で法人税課税所得は下がりますが、引当金で計上した額(上記の例では1,000万円)はその時には費用や損失にはなりません。例えば、1つの国のみ事業展開している企業において、2017年1~12月の税引前当期純利益が100億円で引当金繰入額が10億円、法人税課税所得が110億円、その国の法人税率が35%であるとします。この場合2017年の税額にあたる法人税・住民税及び事業税は100億円でなく110億円の35%で38.5億円になります。ただこの場合でも決算書上、税引後の当期純利益は65億円となります。決算書上で法人税等35億円にあたる部分は、実際の法人税額である法人税・住民税及び事業税38.5億円から、引当金繰入額10億円の35%である3.5億円の法人税等調整額をマイナスしたものになります。その次2018年の税引前当期純利益も100億円で、損失確定などにより10億円の引当金が取り崩され、法人税課税所得が90億円になる場合、2018年の法人税・住民税及び事業税は90億円の35%で31.5億円になります。ただ引当金取崩額10億円の35%である3.5億円をプラスし、この年度も法人税等35億円、当期純利益は65億円となります。
例1.決算書における表記例(単位:百万円)
法人税等=税引前当期純利益×35%とするため、「法人税等調整額」で調整
貸借対照表の資産の部には、実際に支出したものの将来費用になる項目として「前払費用」や「棚卸資産」(商品在庫など)がありますが、法人税等調整額の3.5億円分は、課税所得が下がるタイミングより前倒しで費用計上したものに対して、前もって支払う税金という位置づけです。この場合、3.5億円の「繰延税金資産」が資産の部として計上されます。実際に損失が確定したような場合には、繰延税金資産が資産の部から消滅し、上記例1のように3.5億円の法人税等調整額を実際の法人税額にプラスします。
減税で取り崩される繰延税金資産
法人税率が変わる際には、上記で述べた前払税金の性格という理屈がカギになります。損失が確定する時期に法人税率が21%になるのであれば、繰延税金資産は2.1億円で計上しないといけません。例えば2018年に法人税率が35%→21%に変更になるのであれば、上記の計算例1は数字が変わってきます。2017年12月末には繰延税金資産を3.5億円でなく2.1億円にする必要があるのです。差額の1.4億円が資産の取り崩しとなりますが、2017年12月期の法人税等調整額が1.4億円プラスされ、マイナス幅が2.1億円に減少します。1期限定ではありますが、減税による繰延税金資産の取り崩しにより法人税等の金額が増加し、税引後の当期純利益が減益になる理屈です。減税が行われる1期前だけは、法人税等の金額は税引前当期純利益×法人税率とは一致しません(下記例2参照)。貸借対照表・繰延税金資産の数字合わせのために実態の乏しい減益が行われるので、何か実感のわかないものがありますが、企業のM&Aが活発になり買収価額を正確に査定するために、財政状態を表示することが優先されているためです。なお2018年は法人税・住民税及び事業税が90億円×21%=18.9億円となり、法人税等調整額は2.1億円プラス、法人税等は税引前当期純利益×21%となります。
例2.繰延税金資産の取り崩しにより減益となる例(単位:百万円)
2017年だけは法人税等=税引前当期純利益×35%より高くなる
減税で取り崩される繰延税金負債は利益の押し上げ要因になる
繰延税金資産だけでなく、負債の部の項目として繰延税金負債もあります。繰延税金資産が前払税金の性格を持つのであれば、繰延税金負債は未払税金の性格を持ちます。繰延税金負債の原因となる主なものは、長期保有の有価証券に対する評価益です。個人において株式の含み益が生じているだけでは税金はかからず、その後の売却時点で課税対象になりますが、法人においても同様です。しかし企業会計上評価益を計上するからには、法人税等調整額で法人税等を増やすことになり、負債の部には(将来の売却を見込んで)繰延税金負債を計上します。繰延税金負債を減税により取り崩す場合は、法人税等が減少し増益要因になります。マネックスグループ(8698)は繰延税金負債の取り崩しにより、2018年3月期第三四半期決算(4~12月)における当期純利益を9億円ほど押し上げることを発表しました。
税引後の当期純利益以外で推移を確認する必要がある
減税によって当期純利益が減益になっているかは、決算短信などの概要で説明することもありますが、法人税等調整額が前期より大きくプラスになることでわかります。当期純利益は配当の財源なので当然重要な指標ですが、このような形の減益まで機械的に悪材料にしていると判断を誤ります。今後米国に事業展開している等で減益の出そうな上場企業に関しては、税引前当期純利益もしくは経常利益・営業利益のいずれかの推移を確認することが重要になります。また冒頭で日本板硝子・DICの業績修正について触れましたが、今後も各企業の業績発表において当期純利益(最終利益)の減益も想定されます。日本板硝子は2018年3月期通期予想の修正でしたが、日本は3月・2月決算企業が多く1~3月は通期業績予想への関心が高まる時期ですので、減益予想が米国法人税減税によるものかを確認する必要があります。また1月後半からは各上場企業の四半期決算(12月決算企業に関しては1年間の本決算)発表が続き、DICのように早速2017年12月期実績が減益になることも想定されます。
法人税減税による減益とは、企業会計上の都合により要請されているもので、1期限りの一過性減益です。いわばリストラによる特別損失に基づくような減益であり、2018年以降は上記の計算例2のように、改正後の低い税率で計算されるので、むしろ増益要因になり企業側の増配余力を考えれば株主には好都合です。減益が好材料なのは直感的には理解しがたいですが、その先の増益まで見込んでプラスに考えましょう。