リニア関連工事の受注調整問題から広がる株価下落と業績不安
2020年東京五輪も控え、東京都内を中心に急ピッチでインフラ改造や建築ラッシュが進んでいます。ゼネコン業界は、旺盛な建設需要をもとに受注は好調な状況が続いています。一方で、建設関係従事者の人手不足により受注する工事の選別が必要であり、また働き方改革や社会保険加入など福利厚生面を考慮する必要もあることから、ゼネコン各社は工事単価を向上させる必要がありました。後程説明するように順調に増益基調というほどでもないのですが、手堅く利益は確保しており、ゼネコン業界は先行きが明るく投資の価値もありました。
しかし東京地検特捜部がリニア関連工事の受注調整を巡って大林組(証券コード:1802)の家宅捜索を行ったのを皮切りに、鹿島(1812)・清水建設(1803)・大成建設(1801)など他の大手上場ゼネコン各社にも家宅捜索の手が広がり、ゼネコン各社の株価にも影響が出てきました。株価下落は、捜索を受けたことで今後の受注に影響が表れ、業績に悪影響が出ることも織り込んでの動きです。今後ゼネコン各社に対し新規に投資する場合は、株価が下がりきったところで株を買うということも考えられます。しかしゼネコンや建築設計などの決算書も、金融業界と同様に業界特有の癖がある内容となっており、経理の資格に建設業経理士というものがあるぐらいです。
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によって他業界の決算書(損益計算書・貸借対照表)を理解するほかに、建設業決算書の独特の用語をおさえることと、売上の計上基準を理解すること、建設途中のプロジェクトに関する資金の出入りを理解することを意識してください。
完成工事と工事途中の案件(未成工事)
小売業であれば仕入れた金額を売上原価として費用計上し、売れた金額を売上高に計上するというわかりやすい形で利益を認識できますし、そのサイクルも一般的には何カ月という単位です。建設業の場合、大型のプロジェクトになるほど、1年という年度だけでは済まない長い工期を要します。建設業における売上は通常、完成した工事に関する収益額を「完成工事売上高」として計上し、完成した工事にかかった費用(工事原価)は、完成工事売上高を計上した時に全て費用計上します。例えば3月決算企業において
工期:2015年4月1日~2017年3月31日(2015年度及び2016年度)
受注高:10億円(うち4億円は2015年度内に入金)
工事原価:総計8億円(2015年度3億円・2016年度5億円)
の工事に関しては、2016年度(2016年4月1日~2017年3月31日)に完成工事売上高10億円、完成工事原価8億円を計上し、差し引きの完成工事総利益(他業種の売上総利益・粗利益に相当)は2億円となります。2015年度には、3億円かかっていた費用も完成工事原価としては計上できません。この事例の場合2015年度は完成していない途中の工事(未成工事)になりますが、材料代や人件費、毎月の光熱費などは払わないといけません。そういった費用は「未成工事支出金」という形(この事例では2016年3月31日時点で3億円)で、貸借対照表の流動資産として表記されます。小売業における商品在庫と同じ扱いです。
一方で、工事途中においても発注元から分割で工事代金を払ってもらえる場合もあります。これが貸借対照表の負債の部に「未成工事受入金」として計上されます(上記の事例では2016年3月31日時点で4億円)。なお、長期で大規模なプロジェクトの場合は、工事途中の事業年度であっても工事の進捗度に応じて、完成工事売上高と完成工事原価を計上することもあります。
(他業種と建設業の科目名の違い)
建設業における指標計算の注意点
上記のように建設業においては売上計上の仕方や売上債権の名称など業界特有の概念もありますが、指標分析は概ね他業種と同じようにできます。建設業独特の指標としては、未成工事受入金額を未成工事支出金額で割った未成工事収支比率という指標があります。この比率が100%以上あるほうが、資金繰りに困りません。2017年9月末時点における大手ゼネコン4社の未成工事収支比率を、各社の決算短信をもとに計算してみます。
金額の単位は全て億円(以下の表も同じ)
各社とも100%を超えているので問題があるとは言えませんが、清水建設がギリギリの数字であり、大林組と鹿島が200%を超えて優良と言えます。また、資金繰りの良さの指標になる流動比率(流動資産÷流動負債)など流動資産・流動負債が関係する比率においては、建設業では未成工事収支比率を独自に計算することから、流動資産→流動資産―未成工事支出金、流動負債→流動負債―未成工事受入金と未成工事支出金・未成工事受入金を除外したものに置き換えて計算することがあります。下記のように各社の流動比率はA・Bとも100%を超えていますが、鹿島や大成建設のようにAとBで10%以上変わることもあります。
流動比率A=流動資産/流動負債
流動比率B=(流動資産―未成工事支出金)/(流動負債―未成工事受入金)
また将来性を探るには、四半期(3カ月)毎に発表している受注実績の推移(下記URL参照)を見ることも大事です。
ここでは2社分紹介していますが、決算短信と同様に各社サイトのIR情報に掲載されています。過去5年分の推移が参照できますが、5年間載せているのは、受注高は数年先の工事利益に結びつくからです。要は受注が伸びていれば、将来の業績に好影響を与えるということで一種の買い材料と言えます。受注高1兆円規模で増減を繰り返していますが、安定して受注していることが伺えます。
業績予想への影響
2018年3月期中間決算・決算短信において1ページ目の最後で公表している、各社の2018年3月期1年間の業績予想をまとめます。
()は前年同月比増加率
最終利益は当社(親会社)株主に帰属する当期純利益
ゼネコンにおいても他の業種と同じ形で業績開示していますが、売上高には完成工事売上高だけでなく、不動産開発事業(いわゆるディベロッパー事業)の売上高を含んでいるためです。2017年10月下旬~11月前半で公表したもので、売上高と最終利益だけ見れば清水建設を除き増収増益にはなるものの、材料費や人件費が高騰していることもあり営業利益・経常利益ベースでは減益を予想する会社ばかりです。この予想から売上高が10%以上、営業利益・経常利益・当期純利益が30%以上増減するような見込みになれば、一旦発表した業績予想を修正することが証券取引所の基準で求められています。
リニア関連工事受注調整の捜査状況、またそれを受けての発注元の動きによっては下方修正して発表することになり、その際には株価が下がることが予想されます。また独占禁止法違反の範囲が確定し取引金額の10%ほどになる課徴金が課されることになれば、当然業績の悪化要因になります。株価は会社側が発表する業績予想だけでなく、アナリストが発表する予想によっても左右されます。アナリスト予想の変更は、例えばYahooファイナンスから辿れる、株予報・業績トピックスhttp://kabuyoho.ifis.co.jp/index.php?action=tp1&sa=consNewsからわかります。銘柄を検索すれば、銘柄ごとの会社予想とアナリスト予想の違いも把握できます。アナリスト予想ほど実際の業績が良くない場合には、株価下落の要因にもなりますのでチェックしておいたほうが良いです。