前回はユーロと米ドルの関係を解説しましたが今回はその続きです。
【ユーロとドルの歴史】長期的に見るユーロとドルのパワーバランス
とかく目先の動きに目が行きそうな為替の世界ですが、根本には国と国との関係が横たわっています。為替というのは株と同じように国力を反映するものであり、為替の動きを読むことでその国の方向性も見えてきます。日本円の話に戻る前にもう少しユーロの現状を語ってみようと思います。
ユーロとEUの現状
ユーロとEUは切っても切れない存在です。それは誰もが知っていることですが、注意しなければならないのはEUに加盟していてもユーロを使っていない国があることです。イギリスがまさにそうで英ポンドを自国の通貨として使用しています。しかしそのイギリスも去年の国民投票でEUから離脱することが決定しました。このことはEUの将来、あるいはユーロの動向について致命的に重要な意味を持っています。
前回も書きましたが2000年代にEUに新たに加盟をした国は12カ国もありました。2000年代にはEUに対する楽観的な空気が広がっていて、やがてEUは欧州のほとんど全ての国を統合して、世界一巨大な経済圏になるのではという観測もささやかれました。ところがこの流れに待ったをかけたのがギリシャ危機です。EUの中にある経済力の弱い国が慢性的な財政赤字になり、巨大な借金を抱え込むことで債務危機が起きたのは周知のとおりです。これはEUのシステムの信用自体を揺るがしました。
もともとEU域内はほとんどユーロ通貨を共通して使っているので、競争力の弱い国が競争力の強い国と同じようなレ-トで貿易することを強いられてしまいます。これはシステムの根本にかかわることですがどうしようもない部分もあります。ギリシャは結局すったもんだの騒動のあと残留を決めましたが、他の国でも一時債務問題が深刻になりEUのシステムへの楽観論は消えました。2010年代のEUへの新規加入国はクロアチアただ一国ということになりました。この流れは当分変わらないと予想しています。
現在トルコが依然としてEU加盟を強く望んでいるようですが、現状でのEU参入はほぼ不可能でしょう。トルコは膨大な人口を抱えていてしかも財政的に安定しているとはいえません。特に現在はイスラム系移民の問題が大きくなっているので、大きな不安定要素になるトルコのEUへの加盟はありえないというのが結論です。トルコに限らず後数年のうちにEUに加盟する国はないのではないかというのが私の予想です。結局、2010年代はクロアチアの加盟とイギリスの離脱(正式な時期には諸説あり)で差し引き出入りはゼロという結果になってしまいそうですね。
EU加盟国の数がユーロの為替レートを決める
なぜ長々と加盟国の話をしたのかといえば、長期的に見た場合ユーロのレートを決めるのはEUの加盟国数だからです。EUが経済圏としてまだ小さかった時はユーロのレートは安く、加盟国がどんどん増えて経済圏として大きくなるに従ってユーロは強くなりました。
現に12カ国も増えた2000年代はユーロがドルに対して一方的に強くなった時期で、国の数が増えたのとユーロ高で一時はアメリカのGDPをEUが抜いていました。
しかし逆にEUを離脱する国がでてくるとEUは経済圏として小さくなり、ユーロのレートも安くなります。現実にイギリスの国民投票でEU離脱を決めた直後はポンドもユーロも暴落しました。もちろん投機もありますが、方向性としてEU経済圏がしぼめばユーロが売られレートが安くなるというのは正しい流れです。
ユーロとドルの国家的シミュレーション
ここで面白いシミュレ-ションをしてみましょう。EUとアメリカがそれぞれ独立した経済圏として国力を競うとします。どちらが大きな勢力になれるかということを競争する時に、EUはアメリカには決して真似のできない決定的な武器があります。もうお分かりだと思いますが、ここまで述べてきたように、経済統合によって新しい国を参入させることです。経済成長や国際競争というやり方には限界がありますが、EUがアメリカに勝つためにはひたすら新しい国を吸収合併していけばいいわけです。アメリカは合衆国として体制が完成しているのでこれ以上新規参入で国を大きくすることができません。
このコロンブスの卵のような簡単な仕掛けこそが、2000年代にEUがアメリカを凌駕するといわれた理由だと思います。しかしこの発想には盲点がありました。新しい国が新規参入しているうちはいいのですが、逆にEUから離脱するような流れになった場合、EUは簡単に勢力を失ってしまうのです。ここでアメリカは合衆国としての不動の強さがあります。当たり前のようですが、少なくともあと半世紀の間はアメリカ合衆国から離脱する州も新規参入する州も存在しないでしょう。たとえばグアムのような地域が象徴的に州を名乗るという可能性もないわけではないですが、基本的にアメリカはしばらく不変だと思います。
これは何気ないようにみえて、現在の世界情勢を見れば極めて大事なことです。イギリスやロシアやスペインなどは国自体が分離独立問題を抱えています。それがないということは安定した勢力であり続けるための必要条件なのです。EUも、もしこれから新しく独立していく国が出れば間違いなくEUは力を失いユーロは売られ安くなるでしょう。
EUにとって悪いシミュレ-ション
最悪から最良(?)のシナリオまで、ここでありえないことも含めてシミュレ-ションしておきます。想像力を働かせる頭の体操と思ってください。
EU最悪のシナリオ
EUの運営に愛想をつかしたドイツが離脱を表明します。ユーロは大暴落して最悪の場合機能しなくなり、他の通貨に取って代わられるでしょう。フランスフランやドイツマルクが復活します。ユーロは元のECUとしてだけ取引されるかもしれません。これは起こりえないシナリオですが、変わらないのはEUの命運の中心はいつもドイツが握っているということです。
二番目に最悪のシナリオ
もう少し現実的ですがフランスのような大国が離脱を表明します。ユーロは暴落。しかしドイツが何とか事態を収拾して事なきを得ます。ただ、ユーロのレートは最安値を更新して1ユーロ100円を割り込むでしょう。
最後のシナリオはかなり可能性があります。ポ-ランドやギリシャが離脱を表明します。ユーロはその瞬間暴落するでしょう。しかし事後処理がきちんとされれば長期的には好材料になるかもしれません。EUは「より健全で安定的な」国家の集合体として運営されていきます。ただし一時的には1ユーロ=100円付近まで来るでしょう。
以上、ユーロ暴落のシナリオでしたが、逆にEUにとっていい流れを考えてみます。
EUにとって良いシミュレ-ション
イギリスが再加盟(離脱中止)を表明
ユーロがやや持ち直します。国民投票以前の水準までユーロもポンドも値を戻します。
トルコが新規加盟
本当は問題山積みですが加入した場合にはEU圏の拡大を好感して
ユーロは高くなります。ただ長期的には混乱を招いた場合にはユーロ安になる場合もあります。
ロシアが加盟
まずウクライナ問題を解決する必要があり、ルーブルをどうするかという問題がありますが、もし実現するのならロシアの加盟によってEUは世界最大の経済圏になってゆく可能性が出てきます。ユーロは強くなりますが問題はその後でしょう。プーチン大統領がEUの強力な指導に従うとは思えません。ドイツとの関係にも無理があるので現在は全く実現不可能なシナリオになっています。
以上、仮想のシナリオでしたが何か変化が起きた時のシミュレーションをすることはとても大事なので、為替の変化を読むためには日頃から考える癖をつけておいてください。
為替レートは国力の反映ですので、特にユーロはEU加盟国の数を反映して動きます。従って当面は極端なユーロ高はありえない可能性が高いと言えます。