新藤香は入社一年、総合職で輸出入の事務処理をこなす二十四歳、初めて会ったのは五月の日曜の明け方四時。場所はたまに顔だしていた都町のクラブ。その時もタクマは一緒だった。満員電車みたいな混雑のダンスフロアをみていたら、いきなり声をかけられた。お互い酔っていたのでなにを話したかはおぼえていない。タクマにあとで聞いた話だとあの子とおれはいい感じだったといわれた。それから、不思議とあちこちの店で顔をあわせることが重なり、あとはお決まり。いつのまにかつきあうようになり、いつのまにか寝るようになり、いつのまにか恐れるようになった。

すごい美人ではないが、おれの相手には十分すぎるくらい。偏差値の高い大学を卒業し、親は弁護士のブランド付きのお嬢様。おれのように世のなかを斜めにみて、世間を狭くくらしている男をなぜ選んだのか、まったく理解できない。カオルの周りの男たちにないものが、おれにはあると彼女はいう。だが自分に足りないものはわかっても、自分のもっているもののどこがいいのか、おれにはまるでわからなかった。

有能なカオルはかなり忙しいらしく、デートも三週間ぶりだった。久しぶりに別府に行きたいというのでJR大分駅で待ち合わせた。北口のロータリーにあるアミュプラザ入口で、午後五時五分まえからおれは待った。熱のない夕日が一面にさして、ポリ袋をさげた主婦や塾帰りの子どもたちをひと色に染めている。夕空をみあげていたおれの肩を、誰かのやわらかな手が叩く。

 

制覇の視界2-1「お待たせ。ムネちゃんはいつも私より先に来て、待っててくれるね」

振りむくと、カオルの顔がある。若草色のツーピース姿だった。横わけにしたショートカットの前髪のしたで、くりくりと瞳が動いている。

「女待たせるわけにはいかないからな」

「いうね。かっこいい」

改札口を通り抜け、階段をのぼる。三両編成の電車がやってきた。ふたりでのりこむ。別府までの料金は二百三十円。座席はほとんど埋まり、立っている客は数人くらいの混み具合だった。車両の一番後ろまで歩き、つり革につかまる。

「学生の頃は毎日電車に乗ってたのに、社会人になると電車なんてめったにのらないから、なんかうきうきするね」

カオルは窓からその風景を眺めながら楽しそうにいう。電車が走り出してすぐはビル街が並び、少し通過すると建てこんだ二階家が姿をあらわす。線路脇のトタン屋根が赤く染まっている。おれたちは最近の仕事のことを報告しあった。カオルは後方に流れていく家並みに目をやって、どこか硬い表情で話し続けた。

 

東別府に到着すると、乗車口からガチャガチャと音がした。両ひざにギプスをつけ、両腕のひじから伸びるアルミの松葉杖をついた少年がのりこんできた。おおきく左右に身体を振りながら通路を歩いてくる。電車のなかの空気がさっと冷えこんだ。困った顔をするのはまだいいほうで、なかには露骨に嫌な顔をして顔を背ける年寄りもいる。近寄るんじゃない、言葉にしなくてもそういっているのがわかった。誰も席を譲らなかった。
カオルの顔色がくるくると変わった。電車が動き出しても、少年は手すりにつかまり立ったままだ。大分駅から別府駅までは二駅だった。東別府までは談笑していたが、東別府の少年の登場から車内は空気は冷え切ったままで、カオルも無口になっていた。別府駅で電車をおりるとカオルは怒っていう。

「それにしても、あの態度はないんじゃない。あの子は身体が不自由だったのに」

「それじゃどうしろっていうんだ。席を譲って、みんなであのガキの介護でもしろっていうのか。健常者は身体にハンデを抱えている人間を特別扱いしなくちゃならないのか」

世のなかの人間が全員同じ性格、同じ親切心を持っているはずがない。そんなことは毎日目のまえで起きていることをみればわかることなのだ。どんな人間だってよそと同じように、せこくてずるくて欲深で目端がきいてる。それともおれの目が曲がっていて、そんなところしか見えないのか。カオルは不服そうに口をとがらせた。

 

おれたちは十号線までぶらぶら歩き、馴染みのもつ焼き屋にはいった。カウンターに座ると細かな傷がついて曇りガラスみたいになったコップがでてくる。肉が見えなくなるほど七味を振って、おれはハツの串にかみついた。熱い肉汁が口のなかで跳ねて、額に汗をかく。この店もタクマに教えてもらった。カオルがいった。

「ねえ、ムネちゃん。最近冷たい人になってない? このまま夜のお店でいつまでも用心棒みたいなこと続けるつもりなの」

いきなり本題からはいってきた。それがいいたくて、今日はどこか表情がかたかったのか。

「今の仕事をずっと続けるつもりはないけれど、やりたいことも今はない」

カオルにはなんでもいいから定職についたほうがいいといわれている。FXの話は伏せておいたほうがいい。FXも定職ではない。

「夜の仕事に慣れてしまうと昼の仕事ができなくなるっていうし、そういうのに慣れちゃったら、毎日満員電車で会社にかようなんてきっとばからしくなるよ」
カオルのいうとおりかもしれなかった。タクマの店を守るといえば聞こえはいいが、用は厄介事の後始末だ。トラブルなんてそんなしょっちゅう起きるわけでもなく、それでも毎月、給料は支払らわれる。それにこれから始めようと思うマーケットの未知数のおもしろさにのめりこみ始めてもいる。そこにはドルや円や株や国債など、あらゆる富がゴーゴーと音を立てて流れる大河があって、耳元できくそのうねりおれにはすごいスリルだった。

だが、ひきかえにおれはまとまな勤労意欲や金銭感覚を、なくそうともしているのかもしれない。うちの親父のようにひとつのところで三十年勤めるには、なくてはならない大切な模範だ。集団から離れる危険は確かにあった。なにせ今の日本は、二十代のホームレスだっている大不況の真ん中なんだから。
黙りこんでしまったおれの横顔を、カオルは心配そうに見ていた。コップに半分ほど残っていたビールをのみほしていう。

「考えてみる。確かにおれ、ちょっと舞い上がっているかもしれないな。カオルのことももうすこし真剣に考えないといけないし。ところで今夜は泊まっていく」
カオルは首を横に振った。

「やめておく。今日はそんな気分じゃないし、明日の朝早いから。会社の友達と朝ヨガの予約いれてるし」

「そうか、ならいいんだ」
おれの声は落胆していただろうか。それとも安堵していただろうか。自分でもよくわからなかった。

 

 

カオルと会って、これからの人生を深く考える事が多くなった。人はいつまでも若くはいられない。体の細胞は老いてきて、日に日に低下の線をたどる。毎日夜の街を徘徊し、客観的に風景を眺めている。汗とアルコールのにおいを振りまいて、なにか意味不明なことを怒鳴ったり、誰かれ見境なくケンカをふっかける男たち。それもたいていは若いやつらじゃなく、ネクタイをぶらさげた立派な中年サラリーマンだったりする。

夜の街に立つ気の毒なキャッチの男がからまれてよく客になぐられているが、その相手も一番多いのは酔っぱらった中年男。ミッドライフクライシスだか、中間管理職の悲哀だかしらないが、歳をとると社会の不満は蓄積されていき、もう外に吐きださなければ自分の体を壊してしまうストレスが今の世の中にはあるのだ。ひと昔まえのパンクスみたいに、未来がないって感じでみずからぶっ壊れていくいい年をした脂ぎった男たち。半世紀近くを生きて、失うものがひとつもない人生だと明日がどうでもよくなるもの。このところの芸能スポーツ界の覚醒剤騒ぎも、逮捕されてみればみな四~五十代の中年ばかりで、虚勢を張った心の裏側にはいつまでも若い頃の時を描いている。女たちがいう素敵な「少年の心」だって、そこから紙一重の違いでしかない。やんちゃ中年のボーイズの盛りをすぎたマッチョイズムなんて、暑苦しいし、誰も幸福にならないのだけれど。

若い時代なんてでたらめなスピードで過ぎていき、三十代を過ぎれば、年齢はひとつ上に重ねていくのではなく、横並びの数字としてカウントされていくものだ。二十代の若いやつらからみたら、三十代も四十代も五十代もただのおっさんなのだから。

 

おれは思うのだけれど、おっさんと呼ばれる世代が取り戻したいのは、やっぱり若さと青春なのだ。疲れは吹き飛び、不安はいっさい消え失せて、百パーセントの自信と果てしない快楽を謳う。

そんな状態って若さそのもので、夏休み初日の光り輝く朝みたいなもの。そんな王さまみたいな気分が、ほんの0コンマ数グラムの白い結晶で手にはいるなら、実際にはお安いものかもしれない。あの日のスタジアムやステージでのスターの輝きを、偽ものでもいいからとりものせるのだから。
だが、頭の悪いおっさん連中はひとつだけ肝心なことを忘れている。

一度失った素晴らしい時間は、そのままの形で二度と戻ってこない。絶対に。二度と。執着するだけムダ。失い続けることが人生なのだから。それはおれの短い人生でも、がっつりと身体で理解している。若い時に得た経験と知識をこれからの老いていく時間に活用する。それは社会の歯車になっていてはただの浪費として終わるだけになる。自分から動きだす。歯車を作る側に回らないと、哀れ目で見られるおっさんが、いつしか自分がそうみられるようになる。

 

 

制覇の視界2-2おれは荒川に言われたとおり日経新聞を読むことを始めた。世界経済の時事ネタと株価欄、ドル相場。呪文のような活字と蟻のマスゲームのような数字の列を毎日眺めた。なにも感じない。世界の動きとマーケットがどう結びつくのかもわからない。仕事まではそんな時間を過ごし、夜はいつものようにジャングル公園のベンチに座って、歩く人を眺めた。

FX口座の申し込みをして、口座開設を行った。会社はどこでもよかったが、HPのトップページに好きなアイドルのセンターを載せた会社があったので、なんとなくそこにした。申し込みは簡単で、身分証のコピーといくつかの個人情報の登録を済ますと、完了画面になる。それから三日後にはIDとパスワードが書かれた通知書が自宅に届いた。

口座に入金をして、取引を開始しようと思うのだけれど、なかなか重い腰が上がらない。百の練習より、ひとつの実践。それはわかっていても、過去の経験が行動の邪魔をする。一生懸命頑張れば、いつか成功できるなんてぬるい想像を、自分に許したことさえないのだ。そんなことをすれば待っているのは失望だけ。だから最初の取引だけは慎重になる。

日経新聞のチェックとドル円相場の終値の数字をノートに記入する。まずは世界の動向と身近な通貨の動きを確認しようと思った。

97.65円

 

それからの一週間で数字は縦に五列に伸びていった。

97.85 98.15 98.27 98.40 98.61

新聞を読み終えると、ノートに直近のドル円の終値の並んだ数字の列をしばらく眺め、ノートを閉じる。数字がなにをきっかけに上下し、どこに収束していくのかはさっぱりわからない。ただ闇雲に新聞を読み、数字を眺める。おれにはそれしかできることがなかった。

 

荒川が意味を持たないといったFXの参考書をときどき眺めることがある。その本によるとチャートにはブレイクポイントがあると書かれている。レンジ相場や三角持ち合いのほかに天井や底でよくみられる形で、ネックラインと呼ばれる線を引き、ブレイクポイントとして使える手法のひとつ。天井や底をポイントとした場合、ダブルボトム、トリプルボトムといった英数字のWに似た形をチャートが再現する。それが底買いのポイントとしての判断材料ともなる。逆に天井売りのパターンとしてWの逆を表すポイントも判断材料としても挙げられている。これらのパターンを利用したブレイクアウト法は、エントリー、利確、損切りのどの局面においても活用することができ、トレードの基本として使えるらしい。

おれはそんな手法もあるのかと、過去チャートを分析してみた。その形でのエントリーがもし有効なら苦労はない。一時間足、日足、週足、月足のチャートを比較してみる。そしてダブルボトムやトリプルボトムを探してみる。必勝法を見つけた、これならとほくそ笑んだのもつかの間。過去チャートでは確かにそのようなブレイクをしている所はあるものの、その確率は月足でよくいって三分の一程度。一時間足や週足の直近のチャートではボトムの形成すらなされず、一方的な上昇か下降ばかりで波ができていた。おれはあてにならないと思った。

 

それから二週間で、数字の列はじりじりと伸びていった。

97.85 98.15 98.27 98.40 98.61
98.90 98.64 98.55 98.70 98.95
99.10 99.34 99.35 99.40 99.37

三列目の初めから、いきなり99円台をつけた日には、新聞のドル円チャートの欄を見て、どきんと胸が高鳴った気がした。毎日ドル円チャートの終値を書き写しているだけなのに不思議だ。

 

おれは毎日喫茶店で時間を持てあましている銀行員の荒川にきいたみた。

「それでいいんですよ。くる日もくる日も同じ通貨を見ているうちに、だんだんとその通貨に馴染みができるようになるものです。自分にとって特別な通貨だと、その思いはさらに強くなります。それは女に惚れるのと一緒で、ただの数字の変化ではなく、ちょっとした値の動きを肌で切実に感じるようになるものです。そのためにも通貨を絞り、自分の専門を持つべきだと私は教わりました。儲かりそうなあれもこれもでなく、自分が切実に感じられる一本に絞る。そしてただ一本の感覚を研ぎ澄ます」

なるほどとおれは頷く。ついでに最近調べたおれがあてにならないと決めつけた手法についても聞いてみた。

「ダブルボトムとトリプルボトムも間違ってはいません。それらの手法は江戸時代の相場師本間宗久が作った坂田五法から成るもので、株式投資で良く見られるものです。数十の買いサインと売りサインを示すチャートパターンで、三山、三川、三空、三兵、三法という五つのパターンを坂田五法と呼ばれています。本間宗久はローソク足の組み合わせによって売り場、買い場を読む五つの法則を編み出しています。法則通りに為替が動くのかというとそうでもありませんが、FXをするには自分の中で絶対的なルールのもとで行うことが必須です。それは欲や感情に惑わされないためのもので、車が道路を走るのに信号や交通ルールが必要なように、FXでも入り口と出口のルールが不可欠なのです」

 

 

「自分流のルール」

俄然とするおれを見つめる荒川は興奮しているようだった。

「そうです。本間さんは毎日ドル円チャートを眺めて、為替相場のなかで起こっている壮絶な攻防戦をみて、反応した。それが値動き感覚というものです。その値動き感覚というものは、本間さん固有のもので誰も代わりになることはできません。今回はFXですが、やり方は株式でも商品相場でも、投資信託などでも、値が動くものならまったく変わりません。すべての経済活動が数字に置き換えられ、市場化していく今の時代には欠かせない感覚です。でもその重要性は経済に限るものではないと、私は思っています。
一国の盛衰や私企業の成長と停滞、そしてわたしたちひとりひとりの人生にも、細かな波の上下と潮目のうねりがあります。自分自身の運命について、値動き感覚を研ぎすましておくのも悪くないと思います」

 

荒川は、おれに目を据えておおきく笑った。なぜか背中にひやりと寒気が走る。

「値動きを切実に感じる、自分だけの感覚・・・・・・」

「はい。揺れ動く値に即応するマーケット感覚ができたら、次に必要なのはその感覚を基にした投資技術です。これにもさまざまなやり方があります。世界中でこの数百年のあいだ磨きあげられてきたものですから、有名なところで先ほどお話しした坂田五法があります。それに欧米の証券会社にだってテクニカルアナリストという名で罫線の分析家がいます。このごろのヘッジファンドでは、人工衛星の軌道計算に使うスーパーコンピュータで、現在数学の確率論を応用しし予測値をだしているところもあります。コンピュータは単純ですが膨大なデータの記録と検索に優れているので、過去百年間のすべてのチャートを入力して、近似した値動きからつぎの投資行動を導くところもあります。たいへんな量のソフトウェアを書かなければならないし、設備投資も巨額になります。おもしろいとおもいませんか」

おれはあっけにとられていた。あいまいにうなずく。

「ノーベル賞を取った経済学者と最高性能のスパコンの組み合わせも、わたしや本間さんもマーケットのなかでは対等です。彼らもわたしたちと同じように失敗することがあるし、同じように成功のチャンスがあります。どんな方法を取ってもいいから、市場で生き残り、すこしずつ成長できるなら、それが正解なのです。この世界は結果良ければすべてよしなのです」

そういうと荒川はちいさな声をあげて笑う。自分自身のなかに回収されてしまう笑いだった。

「本間さん、頭で考えていても仕方がありません。飛び込みましょう、マーケットのなかに」

否も応もなかった。おれは実際に手をうごかしたくてしょうがなかったんだから。カオルの言葉など、どこか遠いところにいってしまっていた。定職について毎日同じような生活を過ごすより、マーケットの波に飛びこんで、黄金色の水の冷たさや流れの速さを全身で感じてみたかった。もちろん、金銭への欲望はある。だが、そんなものより自分の感覚と読みだけを頼りに、市場という別世界で思いきり力を試してみたかった。学校や会社だけでなく、どんな組織にも、おれは二十年来居場所を見つけられなかった。絶えず変化を繰り返す予測不能のマーケットの世界なら、おれのようなあやふやな人間にも、自分だけの場所が見つかるかもしれない。

 

 

制覇の視界2-3おれはその日、部屋に戻ってからドル円チャートの日足を過去十五年遡ってバックテストを行った。1982年の二百四十九円を天井として、そこからボックス圏を作成し、ドル円の終値をあてはめていく。十数枚のプリントアウトに赤いボールペンで線を引きまくる。天井と底に値を記録し、最初の百万円が十五年でどこまでふくらむか、電卓片手に計算していった。為替は荒川のいうとおり、上がるから儲かるというものでもなかった。案外激しい値動きをするときほど、売買が難しくなるし、下げの局面でもおおきなプラスになることを知った。この十五年の値動きは非常に単純なものだった。バブル期といわれる1986年から五年は、ボックス圏内の動きをしばらく続けると、そこから円高の波がおしよせてくる。基本的にはバブル期までは買いポジションを維持すればよかった。バブル以降の十年近くはその反対。売りポジションのキープで間違いない。

十五年分の収支計算が終わったころ、窓の外はすっかり暗くなっていた。利益率は天文学的な五千パーセント超。最初の百万は十五年で約五千万を超えていた。だが、そんな商いが可能なのは、すべての値動きをあらかじめ予知できる神様だけだ。

 

つぎの一週間、おれはじっと待っていた。草むらに潜んで獲物を狙うチータにでもなった気がする。爆発しそうな筋肉にバネをためて、波の動きに心をあわせる。アベノミクス効果のドル高円安は止まらない。

99.50 99.80 99.92 99.85 100.37

おれはドル円が100円超えた金曜日、たまらずにドル円十万通貨のポジションを持った。冷静を装ってもマウスを持つ手のひらはびっしょりだった。

 

翌日の朝、いつものように新聞を読んだ。世界の動向と為替をチェックする。でもおれの頭は目の前の新聞記事より、目のまえのディスプレイに映る十万通貨のドル円のポジションでいっぱいだった。100円ちょうどで取引をおこなったポジションは三万七千円の利益を表示していた。目標の百円で買えた。新聞を読んだままの恰好でとびあがりそうになるくらいうれしかった。仕掛けは完了、あとは波が上向きになるのを待つだけだ。

初めての取引で、目のまえの三万七千円の利益。おれはすぐにタクマに連絡をとろうとしたが、電源がはいっていないのアナウンスが流れた。荒川にもこのことを報告したかったが、いつもの喫茶店にやつの姿はなかった。だから週末はなんだかふわふわした気分で過ごした。なにをしていたのかも忘れている。

 

快晴の月曜日の朝、再びディスプレイに張りつく。99.87。百円切っていた。持っているドル円ポジションは一万三千円のマイナスを表示している。胸が痛んだ。固まったばかりのかさぶたを、思いきりひきはがしたみたいだった。身体中がひりひりする。おおげさだというのは、値動きの変動感覚を身につけたことがなく、投資に失敗したことがない人間の台詞だ。椅子に座ったまま、身体中の力がぬけていく。

不思議なことに、金を失うとか、損をするといった具体的な実感はなかった。ただひと月かけて身につけた値動き感覚が、自分からずれ落ちていくのを感じた。手と足がばらばらに動くようなぎくしゃくした感じ。あわててもう一度ドル円相場の過去三か月分の場帳を見なおす。つぎの手を必死になって考えた。そして一番やってはいけないことをしてしまった。

おれはなにもしなかったのだ。ショックに麻痺して、市場という草原のまんなかで立ちすくんでしまった。うまそうな獲物もいいところだ。あれこれと理屈をつけて、おれは悲鳴をあげる自分の感覚を無視した。しくじりになんの手も打たなかった。あとになって考えれば、その場ですぐにポジションの決済をするだけでよかったのだ。その程度の損失は問題じゃないのだから。

おかげでつぎの一週間、おれは胃のなかに石の固まりをいれたまま過ごすことになる。